誤った情報であふれかえる推薦入試

推薦入試が拡大しており、総合型選抜に関する報道や情報発信が増えています。その中には間違った情報が実に多いです。例えば去年、とある新興塾のオンライン講演をたまたま視聴すると、同塾の経営者がこんな発言をしていました。

「早慶に受かるためには英検1級が必要だ」

しかし、英検1級はかなりの難関資格で、帰国子女でも1級を持っているのはごく一部。疑問に感じた私は早速、大手推薦塾や中高一貫校の英語教諭たちに質問しました。するとみな口を揃えて「それは事実とは違う」「総合型選抜で早慶に進学する生徒は毎年いるが、英検1級は持っていないことがほとんど」と答えるのです。

私が取材する中で見た、早稲田や慶應の総合型選抜の合格者データによれば、英検1級保持者はそう多くなく、ほとんどが準1級か2級でした。

早稲田大学 総合型選抜「日本語による学位取得プログラム」への入学試験(4月入学)地域探求・貢献入学試験

拙著『大学受験 活動実績はゼロでいい 推薦入試の合格法』の中で、私はこう書きました。

“(推薦対策の大手予備校)早稲田塾の執行役員・中川敏和さんにも「総合型選抜は間違った情報が多く流れているし、誤解もされている。正しい情報を提供してもらいたい」と言っていただきました”

 

まさに、推薦入試では間違った情報が次々と拡散されているのです。

杉浦由美子
杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ)
ノンフィクションライター/受験ジャーナリスト
教育を中心に取材をしている記者。現在はダイヤモンド教育ラボ、小学館マネーポストなどの WEBサイトや週刊誌で記事を書いている。 著作は『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)、『女子校力』(PHP新書)など多数
(画像は筆者提供)

さて、なぜ前述の新興塾の経営者は「英検1級がないと早慶には受からない」と言ったのでしょうか。実はこの塾のほかにも、同じ説を唱えていた塾講師がいたことを知っています。

その理由は、彼らが英語以外の推薦対策指導をすることができないからです。つまり、生徒たちに英検1級レベルの英語力をつけてもらわない限り、早慶総合型選抜を突破できるという約束ができないのです。

実際は、先に述べたように、早慶の総合型選抜の合格者のほとんどは英検準1級ですし、英検2級で早慶に合格するケースも多々あります。一方で一般選抜においては、早慶上智ICUに合格するには、英検準1級の英語力でも足りません。英語に限って言えば、求められる学力はすでにインフレ状態と化しているのです。

総合型選抜の武器は、評定平均・英語力・志望理由書

総合型選抜と一般選抜とで、必要となる英語力にここまで大きな差があるのはなぜでしょうか。前述の拙著『大学受験 活動実績はゼロでいい 推薦入試の合格法』の中で、私は以下のようにも書きました。

“栄光ゼミナールの『大学受験ナビオ』 推薦入試リーダーの荒木翔揮さんは言います。

① 評定平均値の高さ
② 英語資格試験のスコアなどで示す英語力
③ 志望理由書のクオリティ

この3つの武器のうち、1つは持っていないと戦えません。」
この3つの総合点で合否が決まっていきます。"

 

これは、私立大学の一般選抜が、文系の場合は英語・社会・国語の総合点で合否が決まるのと同じです。

さて、先日、とある最難関私立大学の総合型選抜合格者に志望理由書を見る機会がありました。しかし志望理由は曖昧で、私は正直、「どうしてこれで合格できたのか」という感想を持ちました。その学生が合格した理由を推測すると、国際バカロニア認定校出身で、英語力はIELTSで英検1級近いスコア、そして評定平均値は4.1。おそらく、抜群の英語力が評価されて、総合型選抜を突破したのだと考えられます。

とはいえ、「どうしてこの子が?」と思う場面は、総合型選抜の前身「AO入試」でこそ多かったものの、現在ではこうした「なぜ?」という乖離はあまりない印象です。合格者に対しては、合格した要因がしっかり分析できます。早慶上智ICUに合格した学生の大半は、「評定平均値が4.5以上と高い」「英検は準1級」「志望理由書はしっかりと書けている」というケースがほとんどです。

先ほど、英検1級レベルがあれば合格に有利になると書きましたが、一方で、英検2級で合格している学生も少なくありません。彼らの共通項は、「志望理由書が特別に優れている」という点です。では、「優れた志望理由書」とは一体どんなものでしょうか。

それを考えるために、大学が学生に求める能力について考えてみましょう。総合型選抜は“学力以外の要素も評価する入試”と言われがちですが、少なくとも難関大学が求めるのは「学力」です。一般選抜では、高校までの学習の成果を見ます。文系の場合は、一般選抜は英語・国語・社会の3教科。この場合、英語や社会は暗記がメインになるので、暗記が苦手な生徒はなかなか難関大に合格できなくなってしまうのです。

このように、高校までの勉強の中心は「暗記」であるのが実情です。ところが大学入学後は、自分で問いを立て、調べて、レポートにすることが「勉強」になります。例えば、「戦争におけるプロパガンダはどう変わったか?」「ウェブ検索によるカタカナ用語の表記のゆれはなぜ起きるか」など、自分で問いを見つけて研究テーマに据えるところから始めなくてはいけないのです。

総合型選抜の場合、大学に入ってからの「勉強」ができるか、という視点で生徒の学力を見ています。志望理由書やレポートを課すのはそのためで、問いを立て、本や論文を読むなどして調べ、文章にしていく能力を求めているのです。そこで、志望理由書で「本や論文を読んで調べ、文章にしていく能力」を示すことができれば、あとは英検準1級レベルのスコア(IELTSなど)があれば合格が見えてきます。

こうした状況で、英検2級の英語力でも早慶上智ICUに受かるためには、「本や論文を読んで調べ、文章にしていく能力」に加えて、「問いを立てるセンス」まで求められることになります。「優れた志望理由書」とはまさに、この「問いのセンス」が光っていたのです。

英検2級で上智に合格した生徒の、差別化された「問い」

ここで、英検2級で上智に合格した学生の課題レポート(志望理由書)を見てみましょう。拙著では全文を掲載していますが、本記事でも少し紹介していきます。

大学受験 活動実績はゼロでいい 推薦入試の合格法
『大学受験 活動実績はゼロでいい 推薦入試の合格法』(青春出版社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

その学生が課題レポートで立てた「問い」は、「幼少期にペットを飼育したことが養護性に影響するか」というものでした。養護される立場である幼少期に、自分よりさらに弱い存在であるペットの世話をすることで、果たして養護性が育まれるのかどうか、ということです。

この問いが、心理学の学術的な視点でどれほど価値があるのかはわかりません。ただ、この問いを聞いた時は、「よくそんなことを思いついたね」と感じました。実際、類似の論文を検索しても、先行する研究はほとんど出てきませんでした。つまり、この学生はまだ誰も研究していないテーマを見つけ出したのです。

「他人がやっていないテーマ」を見つければ、当然評価は高くなります。なぜなら、大学で取り組む研究は、他人がしていないことをやらなければ評価されないからです。

例えば、仮に博士課程の学生が研究テーマを認められると、その学生は学術振興会(以下、学振)の特別研究員に採用され、奨学金や研究費が支給されます。学振の特別研究員というのは、若手研究者の登竜門というわけです。2020年度の学振の特別研究員に採用された研究一覧を見ていると、『世界文学としての谷崎潤一郎:英訳の受容と翻訳者の役割』(早稲田大学・光井理人)という、谷崎潤一郎の翻訳者に関する研究を見つけました。

谷崎潤一郎は歴史上の大作家ですから、すでに研究し尽くされています。ここから単に谷崎の作品を研究したのでは、新しい発見は生み出せません。まさにこの「谷崎潤一郎の翻訳者に関する研究」のように、他の研究者がまだ手を付けてない点に着目しなければ、研究の価値を認めてもらうことができないのです。

大学での勉強は“私だけの問い”を追求するもの

もちろん高校生には、学振の特別研究員レベルに高度なものは求められていませんが、なにか新しいものやオリジナリティがあるものを提示することができれば、「問い立てのセンス」が認められることはたしかです。ここで差別化ができ、アドバンテージを取ることができれば、英語力が英検2級でも、早慶上智ICUクラスの難関大学に合格できる確率はぐんと上がります。

以前、日本を代表する研究者が、「私たちが追うのは“自分だけの真実”だ」と言っていました。この言葉の通り、“私だけの問い”を追求するのが「研究」なのではないでしょうか。研究者たちは、そのために日々多くの文献を読み込み、論文を執筆しています。この研究の入り口の作業を受験生に体験させ、学問をするだけの“学力”があるかを問うのが総合型選抜のキモなのでしょう。その“学力”が、文献を読んで書く能力というわけです。

しかし現在では、文献を読んだり、論文を書いたりするといった作業は、AIがやってくれる時代になりつつあります。正直私も、AIにPDF資料を読み込ませて、内容の要約をしてもらうこともありますが、AIの読解の精度はどんどん上がってきていると感じます。

それでも、AIは人間が作り出したものを学習しアウトプットすることしかできないので、新しいものやオリジナリティに溢れるものを生み出すことはできません。“私だけの問い”を見つけられるのは人間だけです。だからこそ、総合型選抜においても、唯一無二の“私だけの問い”を見つけられることの評価は、ますます高まってくるでしょう。

(注記のない写真: cba / PIXTA)